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翌朝、まだ暗いうちに俺は起こされた。

「兄ちゃ・・?まだ・・暗いし・・もうちょっと寝かせて・・?」

明かり取りの窓も締め切られた状態で、ちらちらと松明が部屋の隅で揺れていた。
不安定に揺れる炎でぼんやりと照らされている。
薄い毛布に包まりながら目を擦る。
そこにいたのは兄の弥生ではなかった。

「あれ・・えっと・・」
「おはようございます巫女様。朝食の用意ができておりますので、神殿へ
 お連れいたします。ちなみにここは地下になっているので一日中暗いままです」

タイムトリップか、それじゃなかったら本かゲームの中から出てきたような 蒼の髪・・・

「ライルか・・」
「はい」

ぼそりともらした声に律儀に返事を返してきたライルに苦笑しながら彼の後に ついて行った。



「揃いましたね。まずは簡単に食事でも取りましょうか」

例の迷路のような歪曲した道を通り、神殿に着くとすでにアウラさんは食事の準備を済ませていた。
壊れた元机だったらしい石の上に気持ち程度の布がかけられ、そこには三つのカップ
といくつかの果実が用意されていた。
果実はとても色鮮やかで、中には水色や、緑色をしたものもある。
わりと小さめだったが味はおいしかった。
カップに二杯目の木の実ジュースが注がれたころ、話題は旅のことへと移っていった。

「アウラさん、俺は何をすればいいんですか?」
「巫女様にはライルと共に長の封印を解く旅に出てもらいます。」
「アウラさんは?」
「本当なら私も一緒に行くべきなのでしょうが、今の私はエルフ族の長という立場に あります。
そう簡単にはこの場を離れるわけにはいかないのです」
「わかりました。残念だけどしょうがないですよね」
「すみません。できることは限られるでしょうけど、ここからあなたたちの無事を
祈っています」
アウラさんはうつむいてしまった俺の頭をなでながら付いていけないことをわびた。


「では二人ともこの地図を見てください」

アウラさんはどこからか取り出した地図を台に置いた。
それはどうやらこの世界のものだった。右端にハーセントと記してある。
「今私たちがいるのはこのエルフの森の『神殿』です」
アウラの細い指が地図の上をすべる。そして一点で止まった。
「ここにわれらの長、ユーゼ様が封印されているのです。途中に『ノルニルの泉』 というところがあります。
そこへ必ず寄ってください。道は・・・ライル わかりますね?」

ライルがうなずく。
それを確認したアウラさんは話を続けた。
「封印を解くためには宝珠が必要になります。そして
エルフ族が持つ宝珠はノルニルの泉に納められているのです。」
アウラさんはすっと俺の前に立つと手をかざした。
その手元が淡く光りだすと服の中にしまってあったホワイト・オパールが
アウラさんの手の 上に現れた。
「宝珠を操るには媒介となるものが必要なのですが、この首飾りはどうでしょう。 いけませんか?」
小さい頃から身に着けていたアミュレット。
「いいですよ。かまいません」
お守りとして今まで俺を守ってくれたこの石。これ以上のものはもってない。

「ありがとうございます」


「こちらの首飾りは媒介として使えるようにしておきます。私が出来るのは
このくらいですかね。巫女様は部屋に戻ってお待ちください。ライルには少し
話しがあります。巫女様を送ったあと、すぐに来るように」
そう言ってアウラは奥の部屋に入っていってしまった。


無頓着がここまで役に立つとは思わなかった。
昨日の今日で自分の状況を受け入れてる俺がいる。
戸惑ってる・・ことは確かだ。
『戸惑ってないことに、戸惑っている』
といったほうがあってるかな?
あの後、月の光を織り込んだという服を渡された。
足首まである長い上着に長いズボン。ベトナムのアオザイに良く似ている。
青みがかった銀に近い色合いで、動きやすい。
鏡なんてものは置いてないから、見ることはできなかった。
待てといわれてもかえって暇が出来てしまったように思えてならない。

「どうしよう、果てしなくつまらない」

しばらく足をばたつかせていたが、ノックの音に顔をあげた。
「巫女様、準備はよろしいですか?」

かちゃ、とドアを開けてライルが入ってくる。
ドアを閉めて跪き抑揚のない声が淡々と用件を告げて踵を返す。

「待って」
「・・・いかがされましたか?」
「鏡がないから、見てくれないか?こーゆーの着たことないから」

両手を広げて全身が見えるようにする。
「よくお似合いですよ」

そういってライルは微笑んだ。
「では、こちらへ」

はじめて見るライルの笑顔はすぐに無表情の仮面に隠れてしまった。




アウラさんの足元には小さくまとめられた荷物が置かれていた。
皮袋に紐を通してリュックのようになっているそれにはどう見ても
保存食に思えるようなものが少なかった。

「これだけでいいんですか?食料少ないみたいですけど」
「荷物は最低限必要なものだけにしておきました。食料ならライルが調達してくれます よ。
彼、狩は得意分野ですから」
「・・・・早くしないと日が暮れますよ」
背中に弓を背負ったライルがすたすたと先を行ってしまう。
アウラさんに軽く頭を下げて、ライルのところまで走った。



そして、旅がはじまる―――





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