君をつかまえる







約束の時間まであと30分。
行きたくないなら、行かなければいい。簡単なことだ。
あんな奴とは関わらない方がいい。そう、温室のことだって
思い出さなければいい。俺だって女じゃないんだ。いつまでも
悩んでるわけにはいかないんだ。
学費免除のためには、何が何でもテストで上位をとり続けなければならない。
金持ちの道楽になんか付き合っていられるか。

頭を振って、机に向かう。まずは古典から。
参考書を片手にテキストに書き込んでいく。
部屋に響く時計の秒針。それをかき消すように意識を集中させる。
刻々と約束の時間は迫る。
行かない、今回こそ。絶対俺は・・・
「・・・くっ」
秒針の音が忍を追い詰める。耐え切れなくなって、忍は部屋を飛び出した。


あとどれくらい?廊下の時計は9時54分。時間はない。
中西の部屋は・・どこだ?そういえば場所を聞かなかった。
時計の針がまたひとつ進む。
焦る忍をあざ笑うかのように時は流れていく。
血の気が引くようだった。どうしたらいいかわからない。

「ふっふーん。ふーんふふ・・・んふ?」
かちゃり。
かなり音が外れた鼻歌を歌いながらパジャマの寮生が出てきた。
「あっれー?たっかおくんじゃんかー!!」
そいつは忍を見ると勢いよく突進してきた。
「なーにっ!どうしたのっ!もしかしてっ、かわいい僕の部屋に夜這いをっ!」
「違う。・・・お前は・・」

どこかで見覚えがある。誰だ?
そういえばかなりミーハーな奴がいた気がする。
「・・・あぁ、小さいのか」
「小さいの?何が?」
後ろを見る小さいのは、何が小さいのかを探しているらしい。
さっきから忍の周りをくるくる回っている。
「なーんにもないよー?」
「いや、いいんだ。ところで小さ・・お前は中西の部屋を知ってるか?」
「え・・もしかして麗しの中西君に夜這いっ!?」
「違う!・・部屋に呼ばれたんだ。10時に来いとな」
「ふーん。10時・・て、あと3分しかないよ!ついて来て!」
小さいのは弾かれたように走り出す。
忍も転がるように走る小動物、もとい小さいのを追いかけた。



「ここだよーっ!もう10時すぎちゃったかもっ」
角の一室の前で小さいのは止まった。
「悪いな、後は一人で行くから」
「そっかぁ。じゃぁね!」
小さいのが来たときと同じように走っていく。それを見送ってから視線をドアへと向ける。
死角に隠れきれていない小さいのの影を無視して、ドアを叩いた。
二回のノック。しかし、返事はない。もう一度ドアを叩く。
「いらっしゃい」
「悪かった。遅れて」
「こっちも奥の部屋にいたから出るのが遅くなったからね。構わないよ」
通された部屋はホテルの一室のようだった。忍の部屋とは比べるまでもない。
忍の部屋も十分な広さがあるが、中西の部屋はテレビで見たスイートルームみたいだ。
中西は忍の向かい側のソファに腰を下ろした。
「さて、では色々と種明かしをしようか」



「まず、君のクラスメイト。どうして彼らが態度を変えたかわかる?」
「無害だとわかったからか?」
いきなり聞かれてもなんて返したらいいのか分からない。とりあえず浮かんだ考えを 言うと、
中西は肩を震わせて笑い出した。
「あはは・・・・はぁ、うん。いいね。それでこそだよ」
「な、なんだよ」
「ん?予想通りの返事がきたなぁ。と思って。まぁ、あながち間違ってはいないけどね」
中西はテーブルのすみにあった4枚のカードを取り出した。細い指先がカードをゆっくりと きっていく。
豪奢な模様のカードはトランプのようだった。
「この学校は他校と違って閉鎖的でね。部外者には風当たりがきついんだ。なにしろ途中入学者なんてごく稀にしかいないしね。
編入許可証なんて過去10年一度も発行されていないから、君のことはとても話題になってたみたいだよ」
だが、話題になっていたならあの一ヶ月間にもおよぶ無視状態の説明がつかない。

「なら何故、誰も話しかけてこないんだ。話題にのぼるくらいなら好奇の的になってもおかしくはない。経験上から言っても俺が見てきた転校生たちは・・・」
「この学校には特殊な制度があってね」
「何?」
中西はきっていたカードを等間隔でテーブルに並べた。その指はカードのふちを愛おしげに撫でている。
「生徒会のメンバーにある呼称が与えられるんだ」
右端のカードがめくられる。スペードのジャック。
「ジャックは書記と会計のメンバーに当てられる。ジャックの権限は管理。この学院のジャックたちはすべての情報を管理し、記録する」
左端のカード。クラブのキング。
「副会長はキング。クラブの、だけどね。権限は執行。各機関の委員長は彼の傘下にはいる」
左から2番目のカード。死神装束をまとった道化師。ジョーカーだ。
「あれ、こっちが先になっちゃったか。今期のジョーカーは不在。ジョーカーの権限は処罰。暗躍してもらう役職かな。パシリっぽくはないんだけどね」
そして最後の一枚。スペードのキング。
「スペードのキングは会長。権限は統率。最高責任者だよ」
最後のキングを撫ぜながら中西はこちらに視線をよこす。
「一般の生徒たちは10から下のカードというふうになるんだ。エースは教師たちにあてられてるから生徒は使えない」
「それと例の一ヶ月間と何の関係がある」
「わからないかな?トランプ兵たちは命令がないと動けないのさ」
「まさか、生徒会が関係してるのか?」
「ん、そういうこと」


「ならあの日、・・のこともか?」



next