献血ジャンキー





「仁科さん、外出ませんか?」
「もう昼か。あと少しでひと段落するから、ちょっと待ってくれ」

積み上げた書類を種類別にファイルに振り分けてから、入り口で待つ
香坂と共に社を後にする。
今日は会社から5分の食堂での昼食になった。
女子社員たちは、洒落た店でランチを満喫しているだろうが、如何せんこっちは
金欠中。洒落た店なんぞ入る金はない。
そういうわけで、仁科は一番安い野菜炒め定食、香坂はしょうが焼き定食を注文した。

「なぁ香坂、お前無理して俺に付き合わなくてもいいんだぜ?せっかくのエリートなのに」
「無理はしてませんよ。俺はしたいことをしてるだけです」

仁科は香坂と一緒になると、いつも決まってこの会話を繰り返していた。
背が高い、顔もいいし実力もある。おまけに叔父経営の会社にコネ入社とくれば
自然と会社を経営する立場になる香坂に女子社員たちの噂の中心となる。
なぜそんな男が、この冴えないバツイチ男と一緒に食事なんぞしているのか。
それもかわいい子たちからの誘いを断ってまで。

「・・あぁそうか。本命が他にいるんだな」

だから彼女たちの誘いを断る口実に仁科が借り出されているというわけか。
香坂も25なんだし、彼女の一人くらいはいるだろう。

「香坂、彼女いたんだな〜。相談になら、いつでも乗るぞ。そのかわりアドバイスはなしな。バツイチの言葉はあてにできん」
「・・・彼女なんかいませんよ」

笑う仁科を香坂がもの言いたげな表情で見つめる。
そして、
「んっ・・・んんーー!」
食堂自慢の大振りなしょうが焼きを仁科の口に放り込み、
「プレゼントです」

そう、にっこりと笑った。




*****************
「こんばんわー」
「こんばんは仁科さん。今日も成分献血でよろしいですか?」
「はい。お願いします」
「よく来るんですか?」
「ん?あぁ、丁度3年くらい前からかな」


妻とのことでストレスを抱えていた仁科は息抜きができる場所を求めて彷徨っていた。
そして、4年前、この駅前の献血ルームのに辿りついた。
最初は、ただの興味で入ったものの、お金もかからない、
献血中は誰かに邪魔されることなく自分だけの時間に浸れる。
なんといっても自分が拒絶されずに、必要とされている(実際は血液なのだが)ことが心地よく、
離婚して3年たった今でもこうして通うことが習慣にまでなっていた。


「毎月来てるぜー。お前もやるか?」
「せっかく来たんで。ご一緒しますよ」



「今月は手帳か」
女の子に人気のあるキャラクター。
「違うんですか?」
「ほら、そこのポスターに書いてあるだろ?先月はタンブラーだった。

成分献血すっともらえるんだ。いらねぇもんは売って足しにしたりしてる」
「いつも安いのしか食べてませんしね」
「うるせー。このコネ入社のボンボンが」
「いやみのつもりでしょうが、事実なんで。今度奢りますよ」
「ぜってー寿司食ってやる」
「寿司でも、ステーキでもなんでもいいですよ」
「本当だな、約束したからな」
「じゃあ、毎月の献血の後ってことにしましょう。俺も一緒にやりますから」




仁科はいつになく上機嫌だった。食事代が浮くのもあるが、なんといっても
一番のお気に入りが一緒に献血までしてくれるという。
今まで、この趣味を話した奴はほとんど皆無だ。
なんせ、話したとたんに変人扱いか、もしくは微妙に避けられるハメになったからだ。
香坂は特に気にしないらしく、世の中にはもっと変わった趣味の人もいますからと片付けられた。
薦められた今日のイチオシ、トロの炙りを頬張りながら、傍らに座る香坂を見上げる。
すぐに自分を追い越していってしまうだろうこの後輩との時間を、今は大切にしたい。

「どうしました?」
「あ、いや・・別に」

じっと見ていたのがバレて、なんだか気恥ずかしくて視線をそらす。
「それより、ほら、ウニきた」
「遠慮しないでください。仁科さんはほっとくと何も食べてないの知ってるんですよ」
「お金がないの。お金が。食べたくても我慢してるの」

いーっと子供みたいな反抗をする。
「俺がいつでも食べさせてあげますから」
「お、おう・・・」

香坂の指がそっと仁科の口元を拭う。
その指の感触にぴくっと体が震えた。

「っぁ・・」
「・・?」
「あのさ・・・いや、なんでもない。忘れてくれ」
香坂に笑みを返すものの、仁科の内心はかなり動揺していた。
香坂には他意はなかっただろうに、口走ってしまいそうだった言葉はセクシャルな意味
合いを持つものだった。
他人の体温を感じることに久しかったといっても、後輩の、しかも男にあんな・・・そ
んなに人肌に飢えていたのだろうか?



一人ぐるぐると考え込んでいるうちに、香坂は勘定を済ませてきたらしい。
店にいる女性客たちの視線を集めながら、仁科へ微笑んでいた。
「出ましょうか。寒いですから、貸してあげますよ」
コートを羽織っていた仁科にふわりとマフラーが巻かれた。
「お前・・恥ずかしい奴だな」
マフラーに半分以上顔を埋めて店を出る。
香坂の匂いに赤面してしまった顔を隠して。







押し付けられた残業もあと少しで終わろうとしている。
本当は今日香坂と一緒に献血しにいくはずだったのに、同僚に面倒な案件を
任されてしまった。
なかなかはかどらない書類のせいで、せっかくの楽しみは延期のようだ。
他のフロアの照明はすでに落とされ残るは仁科のいるところのみ。
こちらも早々に片付けなければ、警備員さんに悪いだろう。
ぐっと伸びをして肩の凝りを解す。
すると、タイミング良くコーヒーが差し出された。


「どうぞ」
「悪いな、付き合わせて」
「気にしなくてもいいですよ。それよりも献血、行けませんでしたね」
「あぁ、楽しみにしてたんだけどな・・・」


「仁科さん・・」
飲み終わったコーヒーのカップを片付けようと立ち上がった腕を引かれ、
香坂の腕の中に抱き込まれる。
「な、なにすん・・」

きつく締められた腕から逃れようと身をよじるが外れない。
「ふざけてないで、早く終わらせないと・・・」
「好きです、あなたのことが」
「な・・なにを・・」
「冗談で男に告白する趣味はありませんよ」


奪うような激しいキスが仁科を蹂躙する。
誰もいなくなったフロアにキスの音だけが淫靡に響く。
歯列をなぞられ、逃げる舌を追いかけられて甘噛みされる。
開放される頃には理性なんて何処にもありはしなかった。


「あ、・・ふぅ・・」
「仁科さん・・」

熱っぽく仁科の名を呼びながら、スーツを剥ぐ。
力の抜けた仁科は抗う気力もなく、されるがままになっていた。
いや、心のどこかではこうなることが分かっていたんじゃないのか。
それじゃなきゃ男とこんなことできるはずがない。



香坂は仁科をデスクに座らせ、唇を合わせる。
「好きです、仁科さん・・」

キスの合間に繰り返される子供のようなつたない告白。
仁科はそっと腕を香坂へと回した。
ぐっと深くなる口付けに頭がぼうっとしてくる。
薄い胸をまさぐっていた香坂の指が小さな突起を掠め、体が震える。
「ぁ・・やめっ・・」

ほとんど3年ぶりの体には快感が過ぎる。
だが仁科の抗議は受け入れられず、クリクリと突起が弄ばれる。
「やめっ・・ふぁ」
反対側を舌で嬲り、吸い付いてくる香坂を引き剥がそうとした手は、
意思とは反対に香坂を引き寄せていた。
するすると香坂の指が仁科の胸から下腹部へと移動してゆく。
「仁科さん、すごい濡れてますよ・・ほら、溢れてくる」
「ひぁあ!だめ・・もう・・ああっ」
左手で仁科を扱き、口腔と右手で突起を攻めてくる香坂の手に
あっけなく吐精されられた。





香坂は仁科に軽くキスをおくると、仁科の膝をデスクにのせ、あらわになった
後孔へと仁科の精を塗りこめる。
「傷つけたくはありません。俺に任せて、体から力を抜いてください」
丹念に入り口をほぐし、少しずつ指を進めていく。
「っく・・はっ・・ぁ」
「とりあえず一本入りましたね。そのうち楽になりますから、もう少しです」
ぎちぎちな中を押し広げるような動きに不快感が募る。
「いやだ・・・ひっ」
ぐり、と一点を掠めたひょうしに萎えていたものが首をもたげ始めた。
「よかった、思ったよりも早く見つかりましたね」
「だめ、そこは・・」


「ああぁぁ!」
さする度にびくびくと震える仁科は硬度を取り戻し、快感に咽び泣いている。
一本、二本、念入りに押し広げられたそこに香坂の切っ先が当てられる。
「愛しています、だから俺のものになってください」
指とは比べ物にならないほどの質量がゆっくりと仁科の中へ挿入ってくる。
言い知れない圧迫感に仁科が喘ぐが、香坂も額に汗が浮かんでいる。
「食いちぎられそう・・緩められますか?」
「そ・・な・・むりっ・・」
引き抜こうにも仁科の体が緊張状態にあるため無理をすると裂けてしまうかもしれない。
香坂は噛み付くようなキスを仕掛けた。
「っふ・・・あぁ」
力が抜けたのを見計らって少しずつ埋めていく。
「もう、少しだから・・」
「あ・・・んんっ」
「ほら、仁科さんの中に全部はいった」
香坂が仁科の手を接合部分に導いた。
「やっと、やっと手に入れた・・俺の仁科さん・・」
「っく・・・あぁ」
強く抱きしめられた仁科の中で、香坂が脈を打っている。

愛おしい。
何よりも、この痛みでさえ今の仁科には快感に等しい。

「香坂・・動いてくれ・・」
「・・・はい・」
香坂は涙目になりつつ頷いた。



興味のなかった叔父の会社に入ったのも、
すべてはあの日見かけたこの人を手に入れるため。
プライドの塊だった香坂がコネを使ってまで手に入れたかった人が、
今こうして腕の中にいる。



少しずつ、そしてだんだんと動きが大きく揺さぶられる。
落とされないように香坂の背中に縋りついた。
「あ・・あぁ・・こ・・さ・かぁ」
香坂の背中に残る幾筋かの傷跡。
指に触ったそれの上から爪を立てた。
「っ・・に・・しなさん・・」
呼応して仁科の中の香坂が硬度を増す。
激しい動きにさらに爪を食い込ませながら喘ぐ。
「愛してます・・」
「やっ・・ああ・・んん・・ああぁっ」
囁きと共に仁科の中に熱い滾りが広がるのを感じ、自らも精を開放させた。






―― 一ヶ月後
香坂は部長へと昇進し、仁科の上司となった。
「中川さん、ここ漢字のミスが2箇所、計算がひとマスずつずれています。すぐに訂正を」
会社内での態度は相変わらずだったが、その分有能な新部長として的確な指示を出すなど、
香坂の評判は上々だ。
「仁科さん・・今夜・・」
「悪いな、今日は献血デーだ」
「・・じゃぁ俺も一緒に行きますから」
席を立つ仁科に拗ねたように言う香坂は部長席へ行き、帰り支度をして戻ってきた。
香坂がこんなにも子供っぽい言動をするなんて他の奴は知らない。
わざと誘いを断るのも、それが見たいから何ていったらどうするだろう。
「仁科さん・・何ニヤニヤしてるんですか」
「んー?別になんでもねえって。ほら、いくぞ」







「な・・嘘・・だろ?」
献血ルーム手前、ポスターの前で仁科は愕然としていた。
「どうしました?・・・・これは・・」
香坂も同じようにポスターのある文章を見つけたようだ。
「一年間以内にこの条件に当てはまる方は、献血をご遠慮ください・・」
一字一句、もう一度読み返していく。
「男性の方、男性と性的接触を持った・・・なぁ、俺・・」
「・・・昨日しました」
香坂に追い討ちをかけられて、軽いうつ状態に入る。
「俺は・・どうしたら・・」
「仁科さん、これからは俺がいますから」
「でも・・」
「帰りましょう?献血ができなくなった分、いっぱい愛してあげますから」
「ん・・・」
仁科を気遣う声がどこか嬉しげなのは気のせいだろうか。
「逃げ場がなくなっちまったな」
「俺だったら、いつでも歓迎しますよ」
「・・その言葉、忘れるなよ」
献血ルームを背に歩き出す。
長いコートの影で、手を繋ぎながら ――










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