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うだるような暑さの中、俺、如月唯は公園のベンチで一人涼んでいた。
高校も夏休みに入り部活にも入っていない俺は、自分の時間が減るからと
予備校には通わずに兄の弥生に家庭教師を頼み、ほとんどクラスの連中とは顔を合わさないようにしていた。
人見知りはしないが、好き嫌いは激しいため俺の評価はたいてい分断される。
そのことを知っていながらあくまでも他人との関わり方を変えようなんて考えようともしなかった。



今日もあまり人気のない近所の小さな公園に来ていた。
小さいころよく遊んでいたこの公園も、近くに大きな公園がマンションとともに併設され、
次第に訪れる人数は減り、うららかなお昼過ぎだというのに昼寝をするサラリーマンの姿も、親子ずれの姿もなかった。





「さて」


そろそろ帰るかと腰を上げたとき、視界の端に見慣れない格好をした青年が立っているのが見えた。
どう見ても日本人が普段着るような服ではなく、ギリシアかローマの神話に出てくるような服に、透き通るような蒼の髪。
165しかない俺より少し高い程度だが、その整った顔立ちはクラスメイト達などとは比べ物にならない。
兄と同じで母似な俺は女の子に間違われることはないものの、
どちらかといえば中世的なイメージが強い。



何も言わずただじっと見つめてくる青年の視線には探るようなものがあり、ただでさえ人前に出ることを嫌う俺には耐え難い。
視線に耐えかねて、青年のもとへ歩く。




「何か用?」


俺が話しかけると訝しげに細めていた目を見開き、次の瞬間には穏やかな笑みを浮かべる。

「私が見えるのですね?」
「え、うん」


青年は話しかけられたことに驚きつつも返事を返した。

「やはりあの方の仰っていたことは正しかった。巫女様、長の命によりあなた様をお迎えに上がりました」
「巫女・・・って俺男だし」

恭しく跪く青年はまるで従者のように頭を垂れている。


「どっきり・・とかじゃないのか?」


辺りを見回しても誰もいない。
それもそうだ。俺にはドッキリなんてしてくる友達なんかいない。


「急にそんなこと言われてもなぁ。ファンタジー小説ならよく読むけど、巫女になった覚えはないよ」
「私を見ることができるのが何よりの証拠です。私は長により姿を消す『身隠しの腕輪』をお借りしています。
この腕輪がある限り魔力の低い者には姿を見られることはありません。
それに、あなたは神の守護を受けるホワイト・オパールをお持ちになっています」


俺の皮肉が通じなかったのか、青年はそのまま続ける。


「違いますか?」
「持ってるよ、でもなんでそんなこと知ってるんだ?」
「石のことは長から。あなた様を見つけたのは、私たちの世界の波長を追ってここまで辿りついたのです。
何日か前から確かめさせていただきました」
「ふぅん。見張ってたのか?悪趣味な」
「あなた様が巫女かどうか確かめるため、止むを得ずした事です。どうかご容赦を」
「どうしても俺なわけ?」
「えぇ。間違いありません」


そんな真剣に巫女だなんだっていわれても困る。
一体、俺に何をさせたいんだ。この人は。
でも今は暇だし、こんなかっこいいお兄さん見るの初めてだしな。
話聞くくらいなら平気だろ。うん。

「いきなり、巫女だって言われても普通誰も信じないし、むしろ疑われるか警察よばれちゃうよ?」
「ケイサツ?」
「うん。でも俺は優しいから話くらい聞いてあげるよ」


ほんとは暇つぶしだけど。
俺はいつに無いくらい強気になっていた。この青年が下手にでていたせいなのか、日頃の憂さ晴らしか。


「ありがたきお言葉。それでは、手を」
「ん」


青年は俺の手を取るといきなりその甲に口付けてきた。
何をするんだと手を引っ込めようとしたが強く引きとめられ、彼の深い蒼の瞳が俺を見据える。
その瞬間その瞳に魅入られたように俺の体は動かなくなった。


「参りましょう。時間はありませんので我慢してくださいね」


青年は俺を抱き、言葉を紡ぐ。
意味はわからなかったが、それに呼応するかのように段々と周りの音が消え、お互いの心音だけが響く。
俺はその蒼の瞳から逸らすことができない。





景色が揺らぐ刹那、青年の俺を抱く手に力がこもり、俺は無意識にその腕に縋っていた。










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