4,envy











朔弥さんと会ってから、美樹の告白から一ヶ月。
正確にはあのあと夏休みがあったから42日ぶりの学校になる。
休み中にどこかへデートしにいった美樹からは延々と惚気(のろけ)を披露してくれた。
そんなにも嬉しそうに話されると、ちゃんと自分が笑えているのか心配になってくる。
頬を染めて語られるたび、針が心臓を刺すようだ。
でも、美樹が選んだのは私ではなく仁だった。
子供じみた独占欲なのは自覚してる。
そればかりはどうしようもなかった。
美樹のそばにいたいという思いが、そばにいることで自分に向けられているものではない笑顔を見させていた。
そんなのいやなはずなのに、それでも、せめて親友としてそばにいたかった。




「ねぇ、梓」
「ん、なに?」


帰りの会も終わり、帰ろうかと支度をしていたときだった。
どうせまた、仁が格好良かったなんてわざわざいいに来たんだろう。
そう思ってくるりと美樹の方へと体を向ける。
私の思いに反して、美樹は笑っていなかった。
どことなく思い詰めた表情をしている。
何かあったのだろうか。


「どうした?」
「今・・・平気?」
「うん」
「じゃあ、ちょっと来て」


引っ張られるようにクラスを後にする。
連れて来られたのは、隣の美樹の教室だった。





嫌な予感がする。


「・・美樹・・」


自分の教室へ戻ろうとしても、手を美樹に掴まれてしまって帰ることが出来ない。


「仁君」
「なんや、・・梓か。いらっしゃい」


こっちへ来いと手招きしている。
以前と何ら変わらないその仕草。
それなのに。
私の隣に立つ美樹の表情はどこか暗かった。


「仁・・」


心配になって仁に助けを求める。
自分では何をしたらいいのか分からなかったから。


「ん、大丈夫やて」


に、と仁が笑った。


「美樹、ちょっとええか」


私は二人からほんの少し離れる。
正直、今の状態で三人一緒は避けたかった。
美樹の様子は気になるけど、それに関しては仁で大丈夫だろう。
いくら幼なじみだと言っても、付き合ってる人たちのそばにいればどこか疎外感を感じる。
 

「・・・わかった。うん、大丈夫」
「そか」
「私、今日お兄ちゃんと出かけるから」



美樹は大分落ち着いたらしい。
その顔に笑顔までもどっている。


「送るか?」
「ううん、平気」


支度を調えた美樹は私にも手を振り、教室を後にした。


「な、大丈夫だったろ?」
「あ、あぁ・・そうみたいだね」


知らないうちに体が強張っていたらしい。
仁への返事に遅れてしまった。
心なしか、声まで固い。
緊張をほぐそうと深く呼吸する。


「梓?」
「いや、何でもない」


仁の探るような目線から逃れ、教室から出ようとドアをくぐったとき、


「何隠しとるんや」
「えっ・・・った」


冷たい声音とともに腕を引かれ、向き合う形になる。
幸い、それを見ている人はいなかった。


「何を・・隠しとるんや」


答えない私に焦れたのか、もう一度問いただしてくる。
じっと見つめてくる視線はいつもの軽い雰囲気など微塵もない。
仁の目はぎらぎら獣のように光っていて、恐怖さえ感じる。


「何でもない・・。ただ――」
「ただ?」
「緊張してたみたい。・・・・だから、大丈夫」


緊張のせいで返事が遅れたのだといったら、仁はあからさまに安堵の笑みを浮かべた。


「そうか、痛かったろ・・堪忍な」


掴まれていた腕から力が抜け、すまなそうに謝ってくる。
その瞳には、先程の険難な光は消えていた。







一体、二人に何があったのか。
美樹は変に焦っていたみたいだし、仁の取り乱し方も尋常じゃない。
あんな仁は初めてだ。
それに恐怖を感じたのも。


「帰るで、梓」
「・・うん」


人もまばらな校舎をあとにして、二人で家路につく。
いくら考えても、答えはでなかった。





昼休み、最近私は図書室で本を読むささやかな楽しみの時間を美樹の恋愛相談、もとい、惚気話に割いていた。
どんな服が好みで、好きな食べ物は何だとか。
別に服は美樹がいつも着ているのが似合ってると思うし、食べ物の好みなんて幼なじみなんだし、それくらいわかっているはずだ。
それでも、そのままそう返すと怒るのが目に見えているので、とりあえず適当なところの答えを返す。
美樹は時に顔を赤く染めながら一生懸命に話している。


おもしろくない。


「・・・・」
「・・・どうしたの?」
「なんでもないよ。それで?」


促されるままに美樹は話を続ける。
どうやら舌打ちは聞こえてなかったみたいだ。
こうやってみると、改めてかわいいと思う。
今、その笑顔が他の奴のせいだと思うとよけいに腹が立つ。
それでも、まだどこかに冷静な自分がいて、傍観者を決め込みながらも牽制をかけている。
忘れようとしても、結局それができなくてずるずる付き合っているんだから。
どうしようもない自分に苦笑が漏れる。
と、チャイムが美樹の話を遮った。


「美樹、掃除だよ」
「もう?じゃぁ着替えるから」


小走りに教室へ駆けていく姿を見送ってから、私も自分の教室へと戻った。






「なんで、ここに朔弥さんが?」


掃除場所に移動中、何故か朔弥さんにばったりと会った。
相変わらずの笑顔で、ついでに神出鬼没が追加されたみたいだ。


「参考資料があるって、高屋先生に言われて見せてもらいにきたんだ」


朔弥さんによると、高屋先生は、心理学界で有名な人らしい。
そんなひとが学校の保険室の天使だったなんて。


「驚いた?」
「驚かない方が不思議ですよ」
「そう?仁君は知ってたけど」


と、朔弥さんが意地悪く笑った。
それに膨れていると、朔弥さんは思い出したように告げる。


「もうすぐ全てが終わるよ。結果はどうであれ、何かしらの決着がつく」
「全てが終わる?」


繰り返す私には答えず、ただ穏やかな笑みを浮かべる。


「じゃ、僕はもう行くね」


意味深な台詞を残し、朔弥は去って行った。








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