5, upset











朝、いつも通り時間をずらしての登校。
部活を引退してから、少々階段がきつくなってきた。


「あれ?美樹」

ふと顔を上げたところに美樹が立っていた。
挨拶でもしようかと思ってたら、いきなり腕を掴まれてぐいぐい引っ張られる。
引きずられるようについていけば、そこはなんてことない私の教室前。
どうしたのかと理由を聞くと、さらに物陰に引っ張られる。

「ちょ・・っ、美樹?」
「あずさ、私・・」

口を開いた美樹の言葉が、次の瞬間チャイムにかき消された。
悔しかったのか唇をかむ美樹へ、何か用だったのかと問いかける。

「放課後、来て。その時に話す」
そう美樹は教室へ消えていく。

私も教室へと急ぐ。
危うく遅刻になるところだった。







「仁君と別れたから」


唐突に、そう言われた。

「えっ・・」

困惑と動揺で思考がフリーズする。
あんなに好きだと言ってたじゃないか。
美樹だって気持ちに嘘はなかったはずだ。
仁だってそんなこと一言も・・・・・・・

「私から振ったの」

それがさらに追い打ちをかける。

「何・・・で・・」

それ以上、言葉は出なかった。
正確に言うと出せなかったのだ。
私を見る美樹の目が射抜くような強さを宿していたから。
「私だって、こんなことしたい訳じゃないわ」

ふと、その視線に陰りを見せる。

「うれしかった。好きな人のそばにいれて。彼女になって、片思いだったときより少し、周りにも目を向ける余裕もできたわ。
だから、気づいたのよ。分からなかったことの答えが」
「答え?」
「一度気づけば後はもう簡単だった」

「何だったの?」
「仁君の本当に好きなひとよ」

美樹の声が心なしか固くなった。
嫌な予感がする。
私は逃げ出したいのを必死に堪えて、次の言葉をまった。

「梓、あなただってこと」
「何言って・・・・そんなはずないって」
「こんなことで嘘ついてどうするのよ」


最後の方は掠れてよく聞こえなかった。
二人の間に沈黙がうまれる。

そして、お互いに何か言おうと口をひらきかけたそのとき、

「梓?何して・・・」

タイミングがいいのか悪いのか、私を見つけた仁は隣にいる美樹を見つけて、言葉を詰まらせた。
何ともいえない表情をうかべて美樹をみている。
今度こそ耐えきれなくなって、私はそこから逃げ出した。


「梓!」
声と共に腕を掴まれる。
振り返ると、仁が肩で息をしながら、それでも目を反らそうとはせずに私を見ていた。
「離せっ」
私は仁から逃れようと必死になっていた。


もう、何がなんだかわからない。
美樹が幸せならと思ってやったことなのに、こんな・・・・

「梓、聞いてくれ」
「嫌だ、何も聞きたくないっ」
「美樹が何を言うてたかは予想はつく。でもな、俺が梓を好きなのは嘘やない」
「私は、美樹が・・」
「それもわかってる。それでもええんや。梓のそばにいたい」
「今は・・・・・一人にさせてほしい」
仁の手をすり抜け、振り返らず走り出した。






****
「残念だね」
「見てたんですか?悪趣味ですよ」

どうしてこの人はこうも神出鬼没なんだろうか。

「あれだけ裏で手を回していたのに、結局は梓ちゃんが傷ついてる」
「なっ・・・」

仁は思わず息を飲んだ。
何をやってるかなんて話した覚えはない。

「そう、警戒しないで」

クスクスと笑う朔弥のまなざしがキッときつくなる。

「最善にはならなかった。それでも、君にはやるべきことが残っている」

そして、悲しそうに笑った。

「僕らのようにはなって欲しくはないんだ。たとえそれが、何かを失うことになっても。
君は、ちゃんと気持ちを伝えることができたのだから」
頬に朔弥の手があてがわれ、涙をぬぐった。
力不足で、守ってやれなくて、そんな自分が歯がゆくて悔しくて、仁は唇を噛んだ。
微かに漏れる嗚咽をかみ殺しながら、それでも肩は震えていて。

「終わってしまったわけじゃないよ。君の場合は、これからが本当の始まりになる」

朔弥は空を見上げた。
そっと、仁を抱き寄せる。
朔弥の何気ないその仕草が、涙を見ないようにしてくれているんだと気がついて、新しい雫が頬を伝った。














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