君をつかまえる





その日は散々なものだった。
午後の授業に出ても、内容が全くはいってこない。保健室に行こうかとさえ思ったがレイプされたとは言いにくい。というか逆レイプされたわけで、どこかに傷を作ったわけでもない。
そもそも、そんな理由で保健室を利用するなんてプライドが許さない。 これでも忍は健康優良児で保健室とは身体測定くらいしかお世話になったことはないのだ。親しくもなんともない校医なんかに話せる内容ではなかった。

「くそっ・・」


思いつく限りの暴言を並べ立てながら寮へと戻った。
きっちり締めているネクタイがわずらわしい。半ば引きちぎるようにして制服を脱ぐと、
部屋に備え付けてあるシャワールームで頭から冷水を浴びた。



まだ、感覚が残っている。しなやかな指先にねっとりと絡み付いてきた舌。やわらかく
吸い付いてきたあの中の感覚。やけに手馴れていたそれに抗うことができなかった。
思い出すたびに体の奥がくすぶる。挑発するような目線が忍を完全に捕らえていた。
無意識のうちに下肢に伸びていた手を壁に打ち付ける。

「違う!俺は・・・」

痺れた痛みが水で冷やされ、消えていく。痛みは消えても無意識下の行動に対する憤りはさらにつのるばかりだ。
そして何よりも許せないのは、中西にされたことに何ら戸惑いを見せない己自身だった。







「おはよう、高尾君」
「これからよろしくね」

不機嫌最高潮のまま、登校した忍はクラスに入りいきなり声をかけられた。

「あぁ、よろしく」

戸惑いながらも返事を返す忍に、にこにこと握手さえ求めてきたのは、昨日までの一ヶ月、
徹底的に忍を無視していたクラスメイトたちだった。中には見覚えのない輩までいる。別のクラスの誰かだろう。
手のひらを返したような態度に眉をひそめるが、周りはそんなこと気にもとめていないようだ。一ヶ月たった今、なぜか転校初日のような気分を味わっている。
あからさまに値踏みするような視線だったり、前に通っていた学校を聞かれたり。
初日にそれなりの紹介はしていたはずだが、クラスメイトたちは新しいおもちゃを与えられた子供のように忍を質問攻めにした。



「楽しそうだね」
聞き覚えのある声に振り返ると、中西がドアにもたれかかるようにして立っていた。
忍が思い切り顔をしかめると、にっこりと笑みを返してくる。


「あ、中西さん!おはようございます!」
「おはよう、中西」
「あぁ、おはよう。その人が転入生?」


クラスメイトたちは中西に気づくと口々にあいさつをした。中西の質問に、忍の隣にいた
小さいのがぴょんぴょん跳ねながら答える。


「そう、転入生の、高尾忍、くん、だよ」


本当に跳ねながら説明するから声が途切れて聞き取りにくい。小さいのは中西に答えられる
ことに舞い上がっているのかどんどん飛び跳ねながら中西の質問に答えていく。


「へぇ、じゃぁ彼女はいないんだ」
「うん、彼氏、も、なし、だよ」


忍の胸のあたりまでしかない小さいのは、よく聞くと忍が話すはずのない情報まで中西に報告していた。

それこそ、初体験からいつ自慰を知ったのかまで。
朝のホームルームの時間を告げるチャイムが鳴り響く。


「じゃぁ、そろそろ教室に戻るよ」
「うん、また、遊びに、きて!」


最後の最後まで小さいのはぴょんぴょん跳ねまくっていた。顔だけ見ていれば可愛らしい
リスみたいな小さいのは口を開けば恐ろしいほどのミーハーだった。


「あ、忘れるところだった。高尾君、生徒会補佐の中西です。よろしく」
中西はにこにこ笑いながら忍の手をとると、親しげに自己紹介してきた。それも昨日聞いていない役職つきだった。
「俺は・・」
言いかけて、やめた。昨日も自己紹介はしたし、なによりあんなことした相手に今更何を
言う必要がある?
ぎっと睨み付けると、中西の瞳が怪しく光った。昨日の、あの目がじっと忍を見据える。
小さいのが俺たちを不思議そうに見つめている。
「学内で困ったことがあった生徒会室においでよ。転入して間もないとなにかと不便なことが多いからね。俺は隣のクラスだからそっちでもいいし」

親しげに笑う中西は、しかし目は笑っていない。
直々に招かれた忍を羨望の眼差しで見つめる小さいのをよそに、忍は、絶対に意地でも行かないと心に誓ったのだった。




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