「気がついたみたいね。今回は千々谷君が助けてくれたからいいものの、少しでも遅かったら危なかったわよ。感謝しなさいね」
「ん、わぁーってる。今何時?」
なげやりな返事に苦笑しつつ、平山先生は消毒のビンを片付けていた。
どうせ、誰かがヘマして擦りむいたんだろう。俺は無傷だ。
「放課後よ。ずいぶん気を失ってたみたいだから。千々谷君にカバン頼んでおいたから、今日は帰りなさい。一人で大丈夫?」
「へーき。あんがとね、平山センセ」
「そう、それならいいけど・・気をつけるのよ」
「俺が送りますよ。方向も一緒だし」
平山先生に軽く会釈をしながら千々谷が保健室にやってきた。
「やだよ!なんでこいつと・・!」
「あらそう?じゃぁ、お願いするわ。家はわかるのね」
「本人もいますし大丈夫です。ほら、帰るぞ大野」
ほとんど・・というか全く俺を無視した会話によって、何故だか俺は千々谷と帰ることになった。
俺も千々谷も歩き。どーせ送ってくれるんだったらチャリ通のやつがよかった。学校で禁止されてるチャリ通を隠れてやってる奴らは知ってる。同じクラスの柳瀬と岡部。
こいつらとも仲はよくない・・から頼めないのは分かってる。ってか、俺に仲間はいるのか?
仕方なく俺は千々谷の数歩後ろを歩く。
千々谷と帰るのは初めてだ。いつもがいつもだからあるはずがない。
特に会話もないまま、ずっと俺も千々谷も押し黙って歩く。
気まずい・・。なんでこいつは何もしゃべらないんだ?フツー自分から一緒に帰るなんて言い出したんだから、なんか話すだろ?・・・・いや、俺が千々谷と話したいんじゃなくてだな、その、なんていうか・・・
「の、・・・大野!」
「へ、はい!?」
なんだよ急に!変な声だしちゃったじゃないか。
千々谷も呆れてみてるし・・・・・
「なんだそれは・・。家はこのあたりだったよな」
「おー」
「・・大野」
気のない返事を返す俺を千々谷はなんだかすごく言いづらそうに俺の方を見てきた。
迷ったのか?迷ったんだな!?一本道なのに!うわー器用な奴。
仕方ないな。俺が先を歩いてやるか。
ちょっと得意になって千々谷の横を通り過ぎようとしたとき、俺は自分の耳を疑った。
「俺のところにこないか?」
「・・・どういうイミだ?」
「あー・・・、今日みたいなことがあると困るだろ?ひとりでいるとまた、あぁいうことになるかもしれないし」
ありもない気をつかうな!態度がいつもと360度・・・だと戻るから何度だ?540度?変わった千々谷に動揺してなんだかものすごく腹が立った。
新しいいじめ方を考えついたらしい。誘っといて省かれるのをみて面白がるつもりなんだろ!わかってるんだからな。その手には乗るもんか。
「・・・どうせ、ハブかれるのがオチだ。ただ、誘ってくれたことには礼を言うよ」
こっちを見てる千々谷から顔を背ける。くふふ。成功。
それにしても『俺のところ』・・・千々谷の周りの取り巻き連中の仲間入りをしろと?
そんなもの頼まれたって願い下げだ。奴らと同じなんて、考えただけでも寒気がする。
それに、俺は千々谷が突然こんなことを言い出すなんて信じられない。
ケンカ友達。それさえ当てはまらないような俺に、いったい何をさせたい?
前に俺を踏みつけ、髪を掴んで、俺に隷属を宣言した口で、今度はさらに親衛隊の一員になれなんて。
利用価値が見つかったのか?この俺に?
ふつふつと湧き出る俺の卑屈は止まらない。幼少の頃から鍛え続けた負け犬根性だった。
「そうか。無理強いはしないから・・その気になったらいつでも言えよ」
「ふん、お前の取り巻きになんか誰がなるかよ」
口で虚勢を張りながら、ずんずん先を歩いた。
千々谷は何も言わずに俺の後をついてくる。
誘ってくれたことは、本当は嬉しかった。それが、取り巻きの誘いじゃなければ、だ。
もし、友達に。なんていう誘いだったら、頷いてた。
今更そんなことを望む方がおかしいってわかってはいるけど。
そして俺たちは、家の前で別れた。
千々谷は、俺が家の中に入るまでそこを動こうとはしなくて、まるで彼女を送ってきた彼氏みたいだと思った自分のセンスのなさに笑った。
誰もいない家の中にただいまを言って階段を上がる。見慣れた自分の部屋にバックを放り投げると、制服を脱がないまま万年床に転がった。
窓の外は夕焼けがだんだんと夜の闇に飲み込まれていく。
なんだかよくわからないこのもやもやも、夕焼けみたいに塗りつぶされればいいのに。
言い表せない何かから逃げるように目を閉じた。
今更ながらに気づいたんだ。俺はあいつと対等になりたいんだ。
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