■ 大野君の初恋 ■












翌日、もやもやとした頭を抱えながら登校した。
立て付けの悪くなっている下駄箱の戸をあける。
上履きがない。
はぁ。またか。 ため息しか出てこない。
そのまましゃがんで一番下の予備のロッカーに入れておいた上履きを取り出す。慣れたもんだ。慣れようとも思いたくはないがな。
多分、いや絶対に千々谷の取り巻きの仕業だ。 いやに真新しいそれを履いて教室に向かう。
階段を上りきったすぐにあるそこは、ぱらぱらと生徒が集まっていた。
あと5分もすれば大方の生徒が滑り込む。いつもと変わらない。 誰も俺に声をかけないし、俺も挨拶をしない。
そのはずだった。



「大野、平気か」

教科書を出す俺に話しかけたのは他でもない千々谷だった。

「あぁ」

それだけ言って英語の教科書を取り出す。まだ、予習があと少し残っている。 訳を書き込みながら千々谷が離れるのを待った。
奴は、ならいいんだ。と軽く笑ってもとのところに戻っていった。


なんで、なんでなんだよ。
ノートを見ていたから、千々谷の顔は見ていない。
でも、確かに笑っていた。いつもみたいな見下すって感じはしなかった。
心配・・・してくれたのか?ほっとしたような、安心したような、見てないから分からなかったけど、そんな気がした。

うわ・・なんか嬉しいかも。
ちょっと、ほんのちょっとだけ頬が緩んだ。


ガッ。鈍い音がして机が揺れる。松本だ。
チビで頭もあんまよくない。でも趣味が同じらしくていつも千々谷と一緒にいる。取り巻きのリーダー格だ。
つまずいたくらいにしか思わないくらいの小さな蹴り。
でも俺に対する敵意みたいなものはあからさまだった。

俺としては蹴りではなくて、上履きを返してほしい。
今日もきっとどっかのゴミ箱か、使われなくなった焼却炉の中に入ってる。
また昼休みが潰れた。つーよりも日課?みたいな。


ほどなくして椎名センセが入ってくる。相変わらず真っ黒だ。 いつものように連絡事項はない。
あとで隣のクラスの黒板を見に行くか。


「きりーつ。きょーつけぇ、れぇー」
日直のやる気のない号令で、また一日が始まった。











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